2010年01月23日

フィロシル・アフミス伝第2回「スフェットへの道」

前回は政治の世界に登場してから、さまざまな役職を経験していく様を描いてきた。30代になり、いよいよスフェットへの道も見えてくる。さてさてどうなりますことやら。

588年1月、エルダーの任期を終えたフィロシル・アフミスを待っていたのはキレナイカの総督という役職であった。キレナイカ総督の期間中彼の友人にとって不利になるような法案に彼は賛同した。それによって彼は一人の友人を失ってしまうこととなる。キレナイカの総督を2年勤めた後、彼は1年ほどあらゆる役職から解放される。

ワンポイント
いつの時期かははっきりしないんだけど、フィロシル・アフミスは足を悪くして軍事が1下がってしまった。そのため将軍や提督の地位には付けられなかった。フィロシル・アフミスは神祇官だったので必要無かったけど、役職から外す代わりに称号を付けてやると人民主義にはしる心配をしなくて済む。


591年、フィロシル・アフミスは海軍長老の役職に就任する。そしてその年の10月には息子マゴ・アフミスが16歳の誕生日を迎えた。

ワンポイント
海軍長老は海軍技術の上昇を促進する役割であって、技量に比べて軍事技能はそれほど重要ではない。あとこのあたりから役職をその場その場で変えていく方式から任期を終えた役職をいったん空にしてから人材を選んでいく方式に変更した。この方式には多少デメリットもあるんだけど、より能力値に応じた役職を選びやすくなる。


593年、海軍長老の任期を終えたフィロシル・アフミスは司法官に就任する。そして10月、マゴ・アフミスは神祇官として政界への第一歩を記した。

ワンポイント
司法官とは要するに社会政務官のことだ。将軍にするために供犠官→エルダーというルートを通ったフィロシル・アフミスをわざわざこの地位につける必要はなかったのだが、人もいなかったので就任させることにした。
もし「これは!」という人物がいたらいろんな職種を経験させるといい。と、いうか高い能力を持っていれば必然的にいろんな職を経験することになるだろう。いろんな役職を経験させておくことで人望が上がり、スフェットになりやすくなる。


594年1月、マゴ・アフミスはバエティカの総督となる。神祇官からバエティカの総督へ、マゴ・アフミスは奇しくも父と同じ道を歩み始めたのである。

ワンポイント
このときマゴ・アフミスはバエティカの総督を希望していたわけではなかったのだが、ちょうどバエティカの総督の地位が空いたので悪戯心を出してバエティカの総督に就任させてみた。ただマゴ・アフミスはフィロシル・アフミスに比べて軍事の能力値が低いので将軍ルートに進むことはないだろう。


595年、司法官の任期を終えたフィロシル・アフミスはシチリアの総督に就任する。シチリア総督の任期中、彼は生きているのがつらいと感じるようになっていった。それでも彼は重圧を感じつつもそれを乗り越えて生きていくことを選んだ。彼のその意思とは関係なく国家はある重大な決断を行った。

595年12月、隣国エジプトでジェドル・プトレマイオスが反乱を起こした。この反乱によってエジプトの国土は二分される。カルタゴ政府はローマと並ぶ仮想敵国たるエジプトの内戦を見逃さなかった。596年3月、当時のスフェットであるバール・アフミスはエジプト政府に宣戦を布告。待機していた大規模な軍団をコラニクラヌム(エジプトとの国境にあるキレナイカリージョン唯一のプロヴィンス)からキレナイカ、バルカ両プロヴィンスに侵入させる。反乱軍との戦いに全力をつぎ込んでいたエジプトにはこの侵攻に対応する余裕はなかった。カルタゴは必要以上に戦線を拡大する意図は無かった。597年8月、カルタゴはエジプトとキレナイカ、バルカ両プロヴィンス割譲で和平を結ぶ。

ワンポイント
EUローマを特徴付ける要素の一つにこの「内戦」がある。「内戦」が発生すると反乱勢力が組織され、それらはあたかも独立国のように振舞う。このエジプトの内戦はアフリカ側を政府軍が小アジア側を反乱軍が治める本当の意味で国土を二分する内戦となった。

この絶好の機会を逃す手は無い。イベントの結果キレナイカ(プロヴィンス)の領有権を主張しているので宣戦布告しても安定度の低下は無い。完全に叩く所までしなかったのは下手に反乱軍に肩入れしすぎて内戦を早期終結させれば逆に痛い目を見る可能性があると判断してのことだ。事実、今回のゲーム終了時点(601年1月1日)においてなおこの内戦は継続中だ。

それとこの戦争で気づいたことが一つある。拡張した領土に住んでいた市民は格下げされてしまう。普通は奴隷→自由民→市民へと順調に上がってバランスが取れていくのだが、現在わが国はシヴィタス・デセス法を施行しているので自由民から市民への移行が制限されている。

したがって現在各地で市民の不足が起こり始めているのだ。市民の不足がもたらす悪影響は技術進歩の遅れだから今のところは影響は見えない。だが今後は一体どうなるのか・・・。

しかもシヴィタス・デセス法を廃止するためには社会主義派か人民主義派政権である必要が有り、安定度1低下のリスクもある。(当然シヴィタス・デセス法の恩恵も受けられなくなる)実は社会主義派が政権を握ったときもあったのだが、その時はこの問題に気づいていなかった。


598年12月18日、マゴ・アフミスは周囲に推されて社会主義派のリーダーとなる。元老院は現在フィロシル・アフミス率いる商業主義派がかつての宗教主義派を凌駕する議席を確保している。マゴ・アフミスはそれに背を向けることになったのである。

ワンポイント
親子対決、というには元老院の議席数が圧倒的に違う。それにしても、バール・アフミス(いまだ健在)がリーダーではないにしても宗教主義派、フィロシル・アフミスが商業主義派のリーダー、マゴ・アフミスが社会主義派のリーダーと親子三代でこうも主義主張がばらばらだとは・・・


統治者となることを決意した、フィロシル・アフミスは599年7月のスフェット選挙に出馬する。このとき彼は圧倒的な元老院の支持を受けてスフェットの筆頭候補だったのだが、宗教主義派のアヒロム・アフミスに敗れることとなってしまった。だが彼はあきらめることなく2年後のスフェット選挙に向けて活動を開始する。

ワンポイント
筆頭候補で元老院から圧倒的支持を受けているのに統治者になれないというのは良く起こる事態。


600年2月13日には初孫のエウゴラス・アフミスが誕生。アフミス家の隆盛はいまだ終わらない。そして601年1月1日、物語はまだまだ続く。

2010年01月07日

フィロシル・アフミス伝第1回「立身出世」

では早速フィロシル・アフミス伝第1回(EUローマAAR連載第9回)をはじめましょうか。イタリックになっているのはゲーム的な人事のコツみたいなものの紹介です。

物語の始まりは彼が18歳になって最初に称号を手にするときから始まります。

AVC574年3月2日、かねてより希望していた神祇官の称号を得た。神祇官として宗教の仕事に触れることで、彼は宗教こそこの国を成り立たせる最も重要な柱なのではないかと考えるようになった。

ワンポイント
たいていのキャラクターが最初に希望するのはまずこの「称号」ということになるだろう。(たまに例外はあるけど)

称号には
軍団司令官軍団司令官(24)
会計検査官会計検査官(6)
平民造営官平民造営官(2)
卜鳥官卜鳥官(15)
神祇官神祇官(15)
の5種類ある。(カッコ内は定数)

なんとなくわかると思うけど軍団司令官の希望をかなえてやると「軍事主義」に傾き、会計検査官だと「商業主義」、平民造営官だと「社会主義」、卜鳥官と神祇官は「宗教主義」にそれぞれ傾いていく。だから人民主義にはまった若手には積極的にこの称号の希望を叶えてやることで再転向が期待できる。18歳で政界デビューしたときに人民主義にはしっていることは意外に多い。その理由はこうだ。

称号や役職を追い求めているのに無官だとそのキャラクターは徐々に人民主義へと染まっていく。そして個人が夢や野心を持ち始めるのは16歳からだが、実際に役職に就けるようになるのは18歳から。この2年間のブランクは意外と大きく、特に人民主義の牽引力が強いとかなりの確率で若者が人民主義へと偏向してしてしまう。ただ人民主義でなかったとしても称号の希望はなるべく早く叶えてやったほうが良い。そうすることで次の希望がより早く出てくる出てくることとなるからだ。(その後すぐ別の称号を欲しがる「称号マニア」もいるけど)

称号についてもう1点。上の3つは定数についてそれほど気にかける必要はない。平民造営官は2人しか付けられないからその辺をちょっと気にすればいいくらい。なぜかといえば役職につくと(若手の場合はたいてい地方の総督)これらの称号は自動的に外れてしまうからだ。すなわちこれらの称号は無官の人間に付けて人民主義に走るのを防ぐのが最大の目的といっていいだろう。

ところが宗教関係の2つの称号は役職に就いても外れることのない一生ついてまわる称号なのだ。だからこの2つは何も考えずに付けていくと定数を使い切ってしまい、叶えてやりたくても叶えてやれないという事態が発生することになる。(実はこの段階で卜鳥官を使い切ってしまい、希望を叶えてやれずに塩漬けになっているキャラクターがいたりする)


574年5月、彼は生まれ故郷であるサグントゥム(タラコネンシス)に程近いバエティカの総督を夢見るようになった。例年それらの人事考査は前任者の死去など特段の例外がない限り1月に行われる事となっていたが、彼はそれを待たずに元老院を動かし、バエティカの総督になった。そのときに彼は宗教よりも商業の力に強く魅せられるようになっていった。

その頃の我が国は他国の軍備増強に突き動かされ、大規模な軍事拡張路線へとむかっていた。

ワンポイント
「ヴァイア ヴィクティス」前だと役職の年齢制限とかは無く、能力値に応じた役職を配分した後はほったらかしておいても一向に問題は出なかった。だが「ヴァイア ヴィクティス」になってからはより計画的なライフプランを立てる必要が生じた。(共和制では特に)

年齢制限の関係上、最初の役職はほぼ例外なく地方の総督ということになる。「太閤立志伝」、「信長の野望」、「三国志」そして「クルセイダーキングス」は封建主義的な発想に基づいているため城主(伯爵)というのはきわめて高い地位にある。だが中央集権的な発想においては地方の総督というのは大して高い役職ではない。だから共和制のライフプランは基本的に

中央で簡単な仕事を任される

地方のどさ回り

中央に戻ってより重要な役職を任される。(状況によってはまた地方に赴任したり、人によっては地方巡りで一生を終えたりする)

最終的にスフェット(最高権力者)に
こんな感じになる。国家公務員や転勤のあるような企業に勤めてらっしゃる方とっては人事とは思えないであろう。ちなみに「〜の総督になる」という希望を叶えてやると技量(困難に直面しても的確に事を成す能力)が1上がり、商業主義に傾く。それは別にしても最低限一度は総督を任せた方が良い。理由は次のワンポイントで。


希望通りバエティカの総督となったフィロシル・アフミスではあったが、自らの傍らにいる女性がいない事に物足りなさを覚えるようになった。その年の11月、彼に縁談が持ち上がる。相手はモーヴ・バールハニス。商業主義派を率いるアッバール・バールハニスの一人娘だ。断る理由は無かった。AVC574年11月13日、フィロシル・アフミスはモーヴ・バールハニスと結婚式を挙げたのである。そして翌575年10月1日、長男マゴ・アフミスも誕生する。

ワンポイント
役職に就けると自分で勝手に相手を見つけてきて結婚する。逆の言い方をすると役職に就けてやらないといつまでも結婚できない。まあ身持ちがしっかりしていないと結婚できないというのは今も昔もそう変わらない、ということだ。結婚以外にも総督に任命してやることで達成できる野心というのはある。
・息子が欲しい→これは結婚の延長線上にある。運の要素も絡むが、うまくいけば宗教主義に傾く
・金持ちになる→総督にはちゃんと給料がある。それ以外にもキャラクターはリージョン内で不動産を持ち、そこからの収入も自己の財産に加えていく。だから総督に任命してそのままほうっておくとこの野心は自然に解決してしまう。これを達成すると商業主義に傾く。
だから称号を与えても転向しなかったと嘆く必要は無い、総督になってからも十分にチャンスはあるのだから。それに結婚して子供が生まれれば結果的に国の陣容は厚くなるのだから、人民主義といえども最低限1回は役職に就けたほうが良い。

AVC575年7月4日、現スフェットのケルベス・ペナミスが46歳で亡くなる。その後を伯父であるマハルバル・アフミスが再び政権を担う事となった。577年1月、フィロシル・アフミスはバエティカでの2年の任期を終え、生まれ故郷のサグントゥムを抱えるタラコネンシスの総督に赴任することになった。

敵国の侵略がすぐに起きないであろう後方地域のバエティカと違い、ローマとの最前線に位置するタラコネンシスは一部の軍が総督の管轄下に置かれている。非常時においてはこの軍の指揮も担当しなくてはならない。

ワンポイント
「ヴァイア ヴィクティス」になってから中央の兵権を担う将軍への道は極めて厳しくなった(共和制に限る)ので将軍の頭数は常に不足気味になる。ただ総督に兵権を渡すことで、将軍がいない軍というのをなくすことはできる。総督に軍を渡してしまうと総督が管轄するリージョンからは出られなくなるので、最前線の防衛部隊を任せると良いだろう。全土を駆け巡らなくてはならない機動部隊は中央の将軍を任命しておくといざというときの打撃力となる。そして軍事だけやたらと能力値が高い軍事バカを将軍になれるまでこういったところの総督を任せておくと能力の無駄遣いをしなくて済む。


AVC577年7月4日選挙の結果、新たなスフェットとなったのはマハルバル・アフミスの弟であるバール・アフミスであった。フィロシル・アフミスは父がスフェットになったという報を任地で聞くこととなった。それから2ヶ月ほどした577年9月、突如フィロシルの元に父バール・アフミスが訪れた。政庁に訪れるなり彼は言った。
「私はここにお前の父としてきたのではない。この国をあずかるスフェットとしてここへ来たのだ」
「ローマ軍に動きがあるという報告は受けておりません。領内も安定し、私が赴任してから税収は上がっています。お忙しい父上がわざわざこんなところに足を運ぶ必要などないでしょうに」
「税収は上がっている、か。それが正当なものであるならば何も言うことはないのだがな」
「おっしゃっている意味が良くわかりませんが」
「これは私がスフェットになった直後に届けられたものだ」
そういってバール・アフミスはパピルスでできた文を見せた。そこにはタラコネンシスでは賄賂が横行し、総督までもが積極的に関与しているという旨がしたためられていた。
「こんなものをお信じになるのですか」
「完全に信用しているわけではない。だが疑いの目がわずかでもある以上、確認しないというわけにもいかんのだ」
「ですが逆にお尋ねします。必要悪としての賄賂を受け取ることが罪だというのですか?中央でも賄賂の授受は普通に行われていると聞きます。父上だって清廉潔白のままスフェットになったわけではないでしょう」
「度を過ぎるなと言っているんだ!」
この国ではは確かに人民主義者などが「クリーンな政治」を掲げることはあるが、それほど「汚職」に厳しいわけではなかった。一応元老院議員の買収は違法であったが、見て見ぬ振りをすることも多かったのだ。ましてや地方行政においては中央の監視の目が届かない分、さらに賄賂が横行することにもなる。これも普段なら大きな問題にされることもないのだが、対立候補にとっては格好の攻撃対象になる。特に兄から弟への政権移譲ということで一族支配を懸念する声もあるのだ。
「で、私を解任するおつもりですか」
フィロシルはあくまで冷静だった。おそらく自分を解任するようなことはあるまいという余裕の表れであった。
「そこまでは考えてはおらん。だがせめてここでの任期を終えるまでは自重することだ」
「肝に銘じておきましょう。折角ここまで来たのですから孫の顔でも見に行ったらいかがですか?」
「そうさせてもらおう」
そう言ってからスフェットは政庁を後にした。
「どうなさるおつもりですか?」
スフェットが去った後、下級官吏の一人が入ってきてフィロシルにたずねた。
「どうもしないさ。父上が私に対して何もしないのと同様にね」
その時のフィロシルはすでに政治家の顔そのものであった。

ワンポイント
「腐敗した総督」というイベントを元にちょっと話を作ってみました。「クルセイダーキングス」でも「EUローマ」でも個人を対象にしたイベントは話作り(妄想)の格好の材料になる。今後ともこういう話はどんどんやっていきたいと思っております。


だがその時の説得が彼に届いてはいなかったのだろう。578年9月、買収の罪で捕まった支援者の一人をフィロシル・アフミスは全面的に支援した。その後、彼は579年ナルボネンシス(マッシリア)、581年シチリア、583年キレナイカと最前線の総督を歴任した。彼が順調に出世コースを歩む中、属国であったヌミディアで王権を巡る内戦が勃発し、反乱軍が勝利する。これによってヌミディアは献上金の義務から解放されたが、それは同時にカルタゴにとって同国を排除するための障害が消えたことを意味していた。580年1月、前年7月にスフェットに就任したばかりのアッバール・バールハニス(フィロシル・アフミスの義理の父親だ)はヌミディアに宣戦布告。増強された軍勢を用い侵攻を開始した。ヌミディアにカルタゴと戦う力があるはずも無かった。同年12月、領土の半減と賠償金支払いで和平を締結する。

AVC581年10月21日、フィロシル・アフミスにとって忘れられない出来事があった。長年、自らの政敵であったマゴ・バールハニスが同僚に殺されるという事件が起こったのだ。この一件に彼は関ってはいなかったが心の中で事件を起こしたものに対して喝采を送っていたのはいうまでもない。

フィロシル・アフミスは585年1月、供犠長への就任を命ぜられる。これは宗教全般を司る地位で任期は無い。だが実際は1〜2年で交代することが多く、その後は元老院監察官に就任することが多い。

ワンポイント
将軍になるためには通常3つのルートがある。(例外として戦争中のイベントとして元老院が特定のキャラクターを将軍に任命することがある)
・社会政務官経験者となる
・スフェットに就任する
・監察官経験者となる。
社会政務官になるためには35歳まで待つ必要があり、誰が次のスフェットになるかはその時の状況しだいでころころ変わるので当てにはできない。残るは監察官(エルダー)だが、このエルダーも就任の条件はすごく厳しい。年齢制限は18歳なのだが、前歴として
・社会政務官
・スフェット
・供犠長
のいずれかが必要となる。つまり自分から将軍を育てようと考えるとルートは
・社会政務官
・供犠長→エルダー
の実質2つしかないというわけだ。

前述のとおり社会政務官になるためには35歳まで待つ必要がある。その点供犠長からエルダーのルートは時間こそ3年かかるが、28歳で将軍になるための資格を得ることができる。ただ宗教関係の役職はプロヴィンスの改宗などにも関ってくるのでその辺との兼ね合いも必要になってくるのに加え、終身任期なのでいつ解任しても忠誠心の低下があるというのは留意せねばなるまい。


こうして彼は久々にカルタゴへの帰還を果たした。その年の11月には長女バツノアムも誕生。そして予定通り1年後の586年に彼は供犠長の地位を解任され、即日元老院監察官への就任を命ぜられた。フィロシル・アフミスが元老院監察官となった直後、時のスフェットであるケルベス・タウタリス(軍事主義)がヌミディアに再び宣戦布告した。587年3月、ヌミディアからの和平提案を受け入れる形で戦争は終結した。それとほぼ時を同じくして商業主義派閥を率いていたアッバール・バールハニスが息を引き取った。彼がその時次代のリーダーとして指名したのは義理の息子であるフィロシル・アフミスであった。同年7月、マハルバル・アフミスが再びスフェットの座に就く。

そして588年1月、フィロシル・アフミスのエルダーの任期が終了する、というところで次回に続く。